コンフューズド・ジャム
「ラブメイキング!」
それが自分の口から発せられたのだと気付いたときには、もう私の体の自由は奪われた後だった。操り人形にでもなったように体が勝手に動き、手首のブレスレットに唇を落とす。するとそこからオレンジ色の光が溢れ出し、まるでその中に入り込んだように周囲の景色までも同じ色に染まっていった。きらめきの洪水のような空間の中、くるくると動くのに合わせて稲妻のような光が体中を走って衣装が着せ替えられていく。
あ、これ、変身してるのか。
「クラメキ王女、バトラヴァ・アンバー!」
謎の決めポーズをして、変身が終わったらしい。いろいろと突っ込みたい所はあるが、いまだ体の自由は返ってこなかった。まさかこのまま操られっぱなしで戦闘にでもなだれ込むのか? と焦りを覚えたがさすがに杞憂のようで、名乗り口上が残っているらしい。なかなか本格的だ。……感心している場合ではまるでないのだが、しゃべることすら許されないので他人事のように見ているしかないのだった。
「愛する地球を汚すものよ!」
青い光がスポットライトのように照らす中で、眠そうな顔のあの人がどこかを指差し言い放つ。白い燕尾服をモチーフにしたような、しかしかなり可愛らしいテイストの衣装をまとっていた。恥ずかしがるような素振りは一切見えないが、あの人も私と同じように操られているのだろうか。なにも知らなければちょっと引いてしまいそうなほど乗り気に見える。
「愛なき力に正義はない!」
今度はピンクの光が差し、腰に手をあてた蔵王が力強く言う。眠そうな顔の人とほとんど同じ格好だけど、色やデザインは少し違っていた。小学生の体操服以来の丈ではないかと思うようなかなり短いショートパンツを履かされている。高校生にもなってこの格好で平然としていられるのは、世界中を探しても蔵王くらいのものではないだろうか。もしかしたら内心では抵抗を示しているかもしれないが、蔵王のことなので「俺こんな格好も似合うな」などと考えているに違いない。
服の差し色と周囲にまとっている光が対応しているらしい、と気付き始めたのは次の鳴子くんからだ。
「愛こそはすべて!」
多分ブレスレットの色とも共通しているのだろう、黄色のブレスレットを見せてくれた鳴子くんは黄色の光で黄色の衣装だった。「愛に生き、愛に死す!」と叫ぶのは眼鏡の人で、こちらは緑。そしてオレンジの光が私を頭上から照り下ろす。
「愛より生まれた光を受けろ!」
拳をもう片方の手の平に打ち付けるようなポーズを取らされて、またしても勝手に声が飛び出る。なんでこんなに愛を押し出しているんだろう。愛の戦士というのは世の中の物語としてもありふれていると思うけど、高校生にもなってこんなことを言わされるのはあまりにも恥ずかしい。それに愛だなんだと声高に言うのは、ちょっと格好悪いんじゃないだろうか。
最後に赤い光の中で、金髪の男の子が「我ら愛の王位継承者!」と叫ぶと、いつの間にか横並びになっていた全員で「バトルラヴァーズ!」と続けた。そういえば銭湯に来た時にサムちゃんが言っていたのもそんな名前だ。英語は得意じゃないけど、ともすれば戦闘狂みたいな名前に聞こえる。いいんだろうか。
「愛の力を……」
「思い知れ!」
横に並んだ六人全員が同じ動きでポーズを決めると、ようやく色とりどりの光が晴れ、体に自由が戻ってくる。知らず体から力が抜けていたのか、よろけそうになって壁に手をついた。ふと足元を見れば、よろけたのは急な解放のせいだけではなかったらしい。ヒールの高いブーツを履かされている。普段あまりこういったものは履かないので、なんだか心もとない。視線を上げた先には脱衣所に設置された大きな鏡があり、様変わりした自分が映っていた。白いミニドレス風の衣装に、胸元にはオレンジの大きなリボンがある。正義の一員というよりはアイドルの衣装のような出で立ちだ。可愛い衣装ではある。小さな女の子だったら憧れるかもしれないし、私も当時可愛いものに憧れたことがなかったわけではない。ほぼ男所帯の中で言い出しにくかっただけで、人並みに可愛いものは好きだ。けど、やっぱり、この歳でこの衣装はかなり厳しいものがある。
言いたいことは山ほどあったものの、ありすぎてひとつもまとまらない。ようやく言葉になったのは「なんだこれ」というひどくシンプルな狼狽だけだった。
「さあみなさん、行きますよ!」
「着いてらっしゃい!」
ウォンバットとサムちゃんが我先にと銭湯を飛び出すと、赤い衣装の男の子が追いかけていく。呆然と立ち尽くした私に声をかけてくれたのは、緑色の衣装に着替えた眼鏡の人だ。
「えーっと、その、大丈夫?」
「わ、分かりません」
分からない。なにもかも分からない。眼鏡の人は困ったような笑みを浮かべて頬をかいた。
「そうだよね、うん、分かるよ。俺も最初は、戸惑ったし……」
「自分の頭の心配したくなる気持ちは分かるが、残念なことに正常だぞ」
面倒くさそうにあくびをしたのは青い衣装の人だ。「アツシ、先行ってるぞ」と声をかけて彼も銭湯を出て行った。頷いたのは眼鏡の人なので、彼がアツシなのだろう。
「心中お察ししますが、逃れようとするのはかえって不毛ですよ。私も無駄に金と時間を使いましたからね……。ああ、念のため外ではサルファーと呼んでください。先ほど出て行ったのがセルリアン、こちらがエピナールで、立がヴェスタです。ちなみに真っ先に飛び出していったのがスカーレット」
「はあ…………」
なんとか返事をしたものの、まったくもって話についていけなかった。この状況を他の面々はすっかり受け入れているらしい、ということがかえって私の混乱を助長しているというか、戸惑っているのが私一人なのでどうにも取り残されたような不安感が押し寄せる。鳴子くんや眼鏡の人が気を遣ってあれこれと説明してくれているにも関わらず、頭が理解を拒絶しているのか何一つ入ってこない。申し訳ない気持ちはあれど、それを上回って余りある混乱が頭の中を席巻していた。しゃべる動物にはちょっと慣れたものの、さすがにこの情報量は飲み込むにも時間がいる。しゃべる動物だってそもそもおかしいっていうのに、いや、それを今掘り返したってどうしようもないし、だったらこの日曜の朝アニメのような現象だって受け入れるしかないのだが、……頭が痛くなってきた。とにかく整理する時間がほしい。
立ち尽くしたままの私に、目の前の二人は困ったように顔を見合わせる。「立の知り合いだっけ?」「ええ、中学の同窓生だとか。体育の
先生の妹さんだそうですよ」「あー、言われてみればちょっと似てるかもね。目元のあたりとか」「そうですね」沈黙をごまかすような雑談すら耳をすり抜けて、現実感というものすべてがはるか彼方に追いやられたような感覚だ。コスプレまがいの衣装に身を包んだ私たちの姿と銭湯の内装があまりにちぐはぐすぎて、余計にわけが分からなくなってくる。
そんな私を引き戻したのは、蔵王の「ごめん!!」という声だった。はっと声のほうへ目を向ければ、なんと蔵王は額を床に擦り付けんばかりに土下座していた。土下座。土下座!?
「えっ、……えぇっっ!? なに、なにどうしたの!?」
「ほんっっとーにごめん!! 俺のせいだ……」
「待って、待ってどういうこと? え、落ち着いて、いや、とにかく顔あげてよ!」
落ち着いて、と言いつつ一番落ち着きを失っているのは私だった。もしや嫌われたのでは、と思っていた相手から土下座されるなんて予想外もいいところだし、「俺のせい」というのもさっぱりわけが分からない。昨日のことなら十分謝ってもらったし、あれは私だって悪かったのだ。ともかく身を起そうと駆け寄ったけれど、蔵王は頑なに顔をあげなかった。
「マジでごめん……こんなことになるなんて思ってなかった」
「だ、大丈夫だよ、こんなの誰だって予想できないよ」
混乱のあまりフォローになってないフォローを口走っている自覚はあったが、ほかになんと声をかけたものか分からなかった。助けを求めるように鳴子くんたちを見上げると、二人も驚いた顔でこちらを見つめている。立ち直ったのは眼鏡の人のほうが速かったようで、「とりあえず、ユモトたちを追いかけよう」と蔵王の背中に手を添えた。
「昨日のこと説明するにも、このままじゃ落ち着けないし。ね?」
「そうですよ。それに、実際に見たほうが説明も容易でしょう」
「…………分かった」
二人の説得に納得したのか、蔵王はようやく顔をあげた。なんとも悲壮感漂う顔で私を見つめて、もう一度「ごめん」と呟くように言う。なんと返したものか分からず、黙って見つめ返すことしかできなかった。
軽く自己紹介を済ませてから銭湯の外に出ると、石階段の上のほう、つまり眉難高校の方角から騒ぎ声が聞こえてきた。赤い光線と白っぽい光が飛び交っている。おそらく先に飛び出していった男の子、有基くんが敵と交戦しているのだろう。ウォンバットいわく、愛に迷いし怪人を倒すのが私たちの使命であるらしい。説明してくれた眼鏡の人改め鬼怒川さんは、なんとも羞恥を抑え込んだような苦い表情だった。さもありなん。
鬼怒川さんの推測通り、道中の神社でサボっていた由布院さんを回収してから学校へ向かうと、予想通り有基くんは戦闘の真っ最中だった。有基くんと相対するそれはペットボトルに手足が生えたような風貌をしており、頭部の飲み口にあたる部分から水鉄砲のような攻撃を放っている。ラベルのところには顔があった。デフォルメされた怒った顔と言えば大抵の人間が想像するような、目も口も三角で構成された実にシンプルなつくりをしている。怪人というのでどんなものかと思っていたけど、思いの外可愛らしい見た目でちょっと安心した。
「あっみんな遅いっすよ!」
敵の攻撃をひらりとかわして、有基くんが駆け寄ってくる。手には赤いステッキを携えており、振り向きざまにステッキを振って敵の水鉄砲を相殺した。赤い光線はこのステッキから放たれていたようだ。何度か怪人と戦っているというだけあって手慣れている。
「おーおー、やってんな。今日はペットボトル怪人か?」
「っす!……あれ、さっきの人もバトラヴァに入ったんすか!?」
「集まったときに立が言ってたろ、ウォンバットが勝手にブレスレット渡しちまったって」
「スカーレットはモフるのに集中してたから聞いてなかったかもね」
「そういえば名前は? 変身のときに言わされたやつあるだろ」
「えーっと、たしか、アンバーだったと思います」
由布院さんに答えながら、昨夜のことを思い出した。サムちゃんが降ってきたときに言っていたのもこんな名前だった気がする。脇で聞いていた蔵王がすかさず鳴子くんを振り返り「アンバーって琥珀だっけ?」と聞いた。
「褐色の顔料を指すこともありますが、オレンジ色なら琥珀のほうが近いでしょうね。といっても琥珀には赤や青や紫といった色もあるそうですが」
「へーっ! サルファー先輩詳しいっすね!」
「宝石類は一通り調べたことがあるので」
蔵王の話では鳴子くんは株やFXで多額の財を築いているそうだ。蔵王が女子モテのために幅広くアンテナを広げて努力を積み重ねるのと同じように、鳴子くんはお金に人生をかけているのだとか。聞いていたとおりの博識に感心していると、怒りをにじませた声が飛んできた。
「おいこらお前ら! 俺を放置するな! 無視するなーっ!!」
半分くらい存在を忘れかけていたペットボトル怪人が、叫ぶと同時に攻撃を放ってくる。「っ!」一撃目はどうにか避けたものの、逃げた先に二撃目が迫っていた。このままじゃ――、当たる。その刹那、強い力で後方に引っ張られ、怪人の攻撃は顔のすぐ脇を抜けていった。髪を掠めた水しぶきからは果物のような甘い香りが漂う。
「あ、」
「平気か?」
頷くので精一杯だった。振り向いた目の前に蔵王の顔がある。間一髪で腕を引いてくれたらしい。お礼を口にできたのは、追撃を避けるために一度距離を取ってからだった。
「ありがとう、ざお……じゃなくて、」
「ヴェスタ、な。ここらへん人少ねえし、うっかり言っても大丈夫だと思うけど」
奥のグラウンドからは部活に励んでいるらしい生徒の声が聞こえるものの、休日の前庭にはほとんど人影がない。他の四人は校舎の屋根まで退避しているようで、頭上から「こっちっすよ!」と有基くんの声が聞こえた。おう、とそれに応えて蔵王が力強く地を蹴る。まさかここから屋根まで登るつもりなのか、と思ったときにはもう蔵王の姿は常人ではありえない高さまで飛び上がり、軽々と屋根の上に着地する。お前も来いと言うように手で示されて、半信半疑ながらも蔵王にならって地面を踏み切った。
「う、わ」
変身の恩恵ということなのだろうか、通常よりもはるかに身体が軽い。脚力がかなり向上しているのがたったの一歩で実感できた。私の体も無事に屋根の上まで運ばれ、蔵王の隣に着地する。地面を見下ろせば、より飛び上がったその距離を実感できた。理屈は分からないけれどすごい力だ。しかしこうして逃げるだけならいいけれど、攻撃するのであれば感覚を掴むのに少し時間が要るだろう。コントロールを誤れば校舎を壊しかねない。
屋根まで登ると奥のグラウンドの様子が伺えた。あちらは部活に熱中しているせいか、こちらの喧騒にはちらとも気付いていないようだ。このまま怪人が片付くまで熱中していてくれると大変ありがたい。
「顔ってバレないんだっけ?」
「モザイク処理されてるからへーき。あと声もな」
プライバシー保護のためにウォンバットが施してくれたと聞いているが、このファンシーな格好にモザイク処理というのはなんともいびつな組み合わせではないだろうか。絵面を想像するとかなり不審だ。プライバシーは保護されたとしても、警察に通報される可能性は格段に上がる気がする。
「通報されたりとか、しない?」
「あー……、今の所は」
その様子からして、蔵王も考えたことがなかったわけではないのだろう。通報を懸念しながら戦わないといけないとは、なんとも世知辛い。
「アンバーだっけ? お前空手得意なんだよな。一発ばしっと倒せたりしないの?」
振り向くと、屋根の頂点のところに腰掛けた由布院さんがなんとも怠そうに下を指差していた。ペットボトル怪人はなおも何事かわめきながら水鉄砲を撒き散らしている。最初こそ率先して戦っていた有基くんは疲れたのか、ウォンバットを抱え込んで気力を充填しているようだ。さっきからサムちゃんの姿が見えないのは、有基くんを警戒して隠れているせいかもしれない。
「できなくはないと思いますけど、力加減が分からないのでどうなるか……」
「あー、なんか能力上がってるっぽいもんな、この格好」
「ビーム食らっても倒れないみたいだし、怪人のほうも相当強化されてるから大丈夫じゃないの?」
「とりあえず、やってみてよ」
「俺も見てみたいな。ダメかな?」
由布院さんと鬼怒川さんは、なぜか少年のように純粋な期待のまなざしを向けてきた。なんだか道場に見学に来る子供たちを思い出す顔つきだ。もしかして空手が好きなんだろうか。だとしたら嬉しいし、そう輝いた目で見つめられると無下にもできない。銭湯を出て以降もいまいち浮かない顔の続く蔵王は、なんとも言い表し難い苦い表情で「無理しなくていいぜ」と声をかけてくれた。昨日の今日だし心配してくれているのだろうか。それにしては表情が気になるところだが、気にかけてもらえるのは嬉しかった。
だからこそ、だろうか。少しばかり格好つけたくなってしまった。
「ありがと。でも大丈夫だよ、蔵王。……それじゃちょっと、いってみます」
久々に会ってからというもの、どうにも情けないところばかり見せている。そろそろいいところを見せたいと、そう思うくらいは許されたい。
ひとつ息を整えてから、怪人の元へと飛び出した。