探しものはなんですか?



「何て言うか……あんまり違和感、ないよね」
「だな」
「ですね」
 有基の姿を目の当たりにした鬼怒川、由布院、鳴子の反応は、なんともあっさりしたものだった。あまりの軽い反応に、蔵王だけが少しの戸惑いを覚えている。
 合流する頃には、有基本人ですらケロッと元気を取り戻しており、大事なものがなくなってしまったと泣いていた姿が嘘のようだ。今は「レディースデー適用されるっすかね?」などとのんきなことを言い出している。防衛部内では適用される派が多く、鳴子は「羨ましいですね」なんて返している始末だ。彼の目は半分くらい本気だった。
 まあしかし、なってしまえばそれはそれで楽しいのかもしれない。有基の能天気さを見ていると、蔵王は不思議とそう思えてくるのだった。
「つーかユモト、お前さ。違和感もなけりゃ、あって良いものもねえなぁ」
 言いながら由布院は、有基の胸元に視線を落とす。自然と他の面々もそれを追うように有基の胸元に目を向けた。
 肩幅は少々華奢になったし、元々防衛部の中では小柄だった背丈も、更に低くなった。手足も女の子らしい丸みを帯びたように思えるが、……肝心の胸元は、さしたる変化もなくストンと平らなままだ。
「ちょっと煙ちゃん……」
「え、なんだよ?」
「なぁんか、目つきがやらしーっすよ」
 端的に言いきった蔵王に、鬼怒川が乾いた笑いを漏らした。自分が言い淀んだことを、こうもきっぱり口にされては笑うしかない。
 やらしいと断じられた由布院はと言えば、不本意そうに眉を寄せた。
「だって下はなくなったんだろ? ならその分、上は増えてしかるべきだ」
「そういう問題かな?」
「まあ、わかりやすい女性らしさと言えるパーツではありますね」
 遠回しに同意を示す鳴子に、蔵王は驚きで目を瞬かせた。
「硫黄って巨乳派?」
「大は小を兼ねると言いますから」
「それって、適用されるものとされないものがあるよね」
「あるある」
 鬼怒川が苦笑気味にツッコむと、蔵王もそれに追随する。
 そんな男子たちの会話にとうとうしびれを切らして、ウォンバットがくわっと牙をむくように声をあげた。
「皆さん一体何の話をしてるんです!? そんな話をするために外に出たんとちゃう!」
「ああ、そういえば」
「そういえばじゃござんせん! あなた方は愛の王位継承者の自覚がアルポンテ!?」
 短い前足を俵山先生の腕に叩きつけながら怒りを露わにするウォンバットに対し、現代の男子高校生たちはすこぶるドライだった。
「ないけど」
「ないね」
「ないない」
「必要を感じません」
「同じくー」
 にべもなく言い切られては、ウォンバットもただただ肩を落とすしかなかった。
「というか、気になったんすけど」
 ぱっと挙手した有基は、しかし誰に指されるでもなく話を続けた。
「俺、気付いたらこの格好になってたって言ったじゃないっすか」
「ああ、ピカッと目の前が光ったんだって?」
「そうっす。髪が伸びて女の子の体になって、服も変わってて。これが怪人の仕業だとすると、オレが今から変身したら、あの衣装ってどうなるんすかね?」
「どうって?」
「だから、あっちも女の子の格好になるのかなってことっすよ」
 珍しく難しい顔をしている有基は、ぴらりとスカートの裾をつまんだ。
「ああ……」
「高度な科学の力でいい感じになるんじゃねーか?」
「怪人の力と科学の力、どちらが上回るんでしょう」
「実際に変身してみたほうがはやくね?」
 蔵王の言葉に、ハッとウォンバットが顔をあげた。
「そうです皆さん! 変身です!」
 すかさず叫ぶと同時に、五人の左手首がキラリと光りを帯びた。
 変身した有基――もといバトラヴァ・スカーレットの姿は、さながら日曜の朝に女児たちの憧れを一身に浴びる伝説の戦士そのものであった。
 燕尾服をモチーフとしていた王子たちの衣装に対して、今のスカーレットがまとう衣装はビスチェ風のデザインとなっており、ボトムはふわっと裾が広がるスカートに変わっている。フリルやレースもあしらわれ、どこからどう見ても立派な美少女戦士である。
「……完っ全に朝アニメだな」
「これって怪人の影響?」
「いいえ。有基さんに合わせてデザインをちょっといじってみたのマッチョよ」
 どこか誇らしげなウォンバットに、セルリアンは感心したような目を向けた。
「そんなことまでできんの? 便利だなぁ、科学の力って」
「あらゆるパターンを想定していた、私の先見の明の賜物と言ってほしいですね!」
「女体化を予想してたのかよ?」
「いつもそんなこと考えてるんですか……?」
「違いマッチョ!」
 ヴェスタとサルファーの呆れたような視線に、ウォンバットは憤慨の声を上げる。ヴェスタはその様子を歯牙にも掛けず、きょろきょろと周囲を見回した。
「つーかさ、そんなことより怪人は? さっさと倒してーんだけど、俺は」
「そ、そんなことって……」
「まあまあ、ウォンさんが俺たちのためにいつも頑張ってくれてるって、オレはちゃーんとわかってるっすから!」
「ゆも……っ、いえ、スカーレット……!」
 慈愛に満ちたスカーレットの微笑に、うっかりウォンバットが感極まっていると。その心温まる光景を引き裂くように、オレンジ色の閃光が中庭へ突き刺さった。二撃、三撃と襲い来る光の槍を、間一髪かわした彼らは、表情を引き締めてあたりを見回す。
「よく避けたな」
 頭上から降ってきた声に、一堂は弾かれたように顔を上げた。彼らの視線の先、校舎の屋根に立つのは、人間ではありえないシルエット。オレンジ色の魚のような頭部に、チャイナ風の衣服をまとった4頭身ほどのきぐるみ――否、おそらく今回の怪人らしき者の姿だった。
「あ、あの柄見たことある」
 真っ先に声を上げたのはヴェスタだった。雷撃こそ脅威に思えたが、何かのゆるキャラを彷彿とさせる怪人の姿を目にしてしまうと、なんとも緊張感を削がれてしまう。ヴェスタに釣られるように、他もすっかり雑談のスイッチが入ってしまった。
「えんちゃ……セルリアンがさっき話してたやつじゃない?」
「カクレクマノミか? それともクラウン・アネモネフィッシュか?」
「セルリアン先輩、見分けつくんすか?」
「いや分からん」
「とりあえず、クマノミ系の魚であることは間違いないのでは?」
「じゃあクマノミ怪人だな」
 さくっと話をまとめたのもまたヴェスタだった。はやく戦闘に移行したいのだ。今日の彼には理由がある。
「おいクマノミ怪人。お前の事情はよくわかんねーけど、俺がお前を倒す! 降りてこい!」
 ステッキで怪人を指し示し、ヴェスタは高らかに告げた。その姿こそ様になって入るものの、ヒーローとしてあるまじき発言である。
 しかし、このヒーロー活動の主導者とも言えるウォンバットの反応はと言えば、やる気を見せるヴェスタにいたく感心していた。怪人退治に前向きであれば何でも良いらしい。
「面白い。受けて立ってやる!」
 一方、クマノミ怪人の方も好戦的なようで、言葉と同時に屋根を蹴り、颯爽とヴェスタの前に降り立った。ゆるキャラのような見た目からは考えられない俊敏な動きだ。予想以上に動きの良すぎる怪人に、先程は堂々とステッキを突きつけたヴェスタもいささか動揺の色を見せた。
「お前から挑んでおきながら怖気付いたのか? 格好に違わず、心まで女々しいらしいな」
「はあ!? 女々しいってどこが!」
「そんな服装で堂々としていられる神経が分からないと言っているんだ」
 嘲笑めいた怪人の言葉に、ヴェスタはきょとんと目を瞬かせた。
「え、別に良くね? だって俺、似合ってるし」
「……は?」
 ヴェスタの目には一点の曇りもない。本心から出た言葉であることは疑いようもなかった。はずかしめるつもりの言葉に堂々と返されてしまっては、怪人もポカンとヴェスタを見つめ返すしかない。
「つーかお前、何で男を女に変えたいんだよ。ハーレムでも作りたいのか? 悪いことは言わないからやめとけって。いくら見た目が変わったって中身は男のままなんだから。まあ、ちゃんと女に愛されようと思ったらそれ相応の努力と才能が必要だと思うけどさ!」
「ハーレムなんて、馬鹿馬鹿しい。そんなものに興味はない」
「あれ、そーなのか? じゃあなんで?」
「私の事情はどうでもいいと言ったのはお前だろう。倒すと言うなら、さっさとかかってきたらどうだ?」
 対話よりも拳、むしろ拳による対話だろうか。どうもこの怪人はバトルを望んでいるらしい。怪人は拳を胸の下あたりで交差させながら腰の方へ引き、息をふっと強く吐いた。丹田という下腹部に力を入れる、腹式呼吸だ。
「すごいデキるヤツっぽいオーラ出してるな」
「いかにも戦えますって感じだね」
 闘志を研ぎ澄ませる怪人の姿に、少年の心を刺激されたらしいセルリアンとエピナールは、にわかに瞳を輝かせる。ヴェスタはしばしその姿を凝視していたが、はっと我に返った。
「そーだな。お前なんてさっさと倒して、会いに行かないといけないやつがいるし」
「戦う前に、その後の約束を語ること……俗に何というのかお前は知らないのか?」
「ヒーローにそういうの、通じねえから!」
「抜かせ!」
 ヴェスタは手にしたステッキを怪人へ構えた。
「ヴェスタ・イグニート!」
 叫ぶと同時に、ステッキの先端からピンク色の炎弾が炸裂し、標的へと一直線に襲いかかる。怪人は軽い動きでそれを躱すと、すぐさま体勢を整えて地面を蹴り出し、ヴェスタとの距離を一気に詰めた。
「おお、バトルものっぽい」
「ヴェスタ先輩! がんばって下さいっす!」
「女の子の声援を受けるヒーロー……完璧な流れだな」
「確かに、今のスカーレットはヒロイン役として申し分ないでしょうね」
 完全に外野に徹した四人が、わずかに二人から目を逸らしたその瞬間。勝敗は決していた。
「口程にもないな」
 手首を軽く回しながら、怪人はつまらなさそうに言い放った。地面に伸びたヴェスタは呻き声しか返せないようだ。たったの一撃で伸されてしまったヴェスタに、ウォンバットは悲痛な声を上げた。
「そんな! ヴェスタのラブパワーはスカーレットに次ぐ強さ……! その彼がこんなにもあっさりと倒されるとは……」
「えっ、そんな設定あったの?」
「今初めて聞いたぞ」
「そのラブパワー、女性が絡まないと弱体化する設定なんじゃありませんか?」
「てことは、オレの出番っすね! オレの方がラブパワーあるらしいし、今女の子だし!」
 先輩の仇ーっ! 何だかそれらしいセリフとともに駆け出したスカーレットの背を、残る三人はなんとも言えない目で見つめた。ヴェスタが大打撃を受けたというのにいまいち緊張感に欠けるのは、クマノミ怪人の見た目がどことなく可愛らしいゆるキャラめいているためだろうか。
「ヒロイン役が仇を取る、か……」
「王道バトルものとしてどうかと思うよね」
「今更私たちに、王道も覇道もないでしょう」
「それもそっか」
 未だのんびりと会話を続ける三人の目の前を、何かが横切った。それは校舎の壁に強く叩きつけられ、ずるりと地に落ちる。
「ぐ……っ」
 吹き飛ばされたその影は、先程駆け出していったスカーレットに他ならなかった。
「スカーレット!?」
「……もしかしてこれ、怪人が主人公のダークヒーローものか?」
「少なくとも、ヒロインがヒーローに力を与え逆転する、という展開でないことは確かですね」
 軽口を続けながらも、セルリアンとサルファーの目は剣呑に細められている。エピナールがスカーレットへ駆け出したのを確認すると、二人はそちらを庇うようにして怪人へ向き直った。
「……ヒーローのお約束も、ヒロインの定石も、必要ない」
 まるで自分に言い聞かせるようにゆっくりと告げる、怪人の声は冷ややかで、どこか空虚だった。
「性別なんて必要ないんだ。この世にそんなものがあるから、男らしさや女らしさといった先入観が生まれる。最初から一つしかなければ、そんなもの生まれなかった! 性別なんて、なければ……!」
「そんなこと、ない」
 怪人の足元に倒れ込んでいた影が、ぴくりと動いた。
「何……?」
 地面の土を削るようにもがいた腕が、やがてしっかりと地に手をついて体を起こす。ステッキを支えに、よろけながらも立ち上がると、ヴェスタは強い意志の篭った瞳で怪人を睨みつけた。
「俺が、倒すって言っただろ。勝手に終わらせてんなよ」
「まだ立てるとはな。でもそんな体で何ができる? お前は私に勝てない。充分わかっただろ」
「確かにな。でも、それはお前のフィールドでは、ってことだろ」
 いつでも援護に回れる体勢を整えているセルリアンとサルファーに、ヴェスタは黙って首を振った。手出しするなと言いたいらしい。
 二人は少しの逡巡のあと、構えていたステッキを下ろした。
「俺を普通のヒーローと一緒にするなよ。だいたい、大事なのはヒーローらしさじゃない。俺らしさだ!」
 力強く自信に満ちた言葉に、怪人は再び言葉を失った。
「お前だってそうだよ。言いたいやつには勝手に言わせておけばいいだろ? 他のやつが何言ったって関係ないじゃん。俺は誰かがバカにしたって、やっかんだって、俺は女の子が好きだからいっぱい遊ぶし、そのための努力は惜しまないぜ」
 ヴェスタの言葉には迷いがなかった。どこまでもまっすぐで眩しい。その眩しさに、怪人は既視感を覚えた。自分はこのまっすぐさを知っていたはずだった。憧れていたはずだった。
 強烈な怒りと悲しみ、その衝動に身を焼かれる前の自分は、……それを、誰よりも知っていたはずだ。
「大事なのは、周りがどう見るかじゃない。お前がどうありたいかだ」
「私、が……」
「お前すげー強いじゃん。それだけ強いのは、今まで頑張ってきたからだろ?」
 ヴェスタには、この怪人の戦闘力の高さが怪人として与えられたものとは思えなかった。一瞬でも拳を交えたからだろうか、それとも第六感のようなものが働いているのか。
 いつもなら芽生えないような強い感情が、この怪人に対してはあったのだ。お前はこんなところで挫けるような奴じゃない。そう叱咤してやらなくちゃいけない気がしていた。自分でもどうしてこんなに熱くなってしまうのかわからないまま、ヴェスタは言葉を続けた。
「だったらさ、負けるなよ。他のやつが好き勝手言ったって、放っておけばいいだろ。お前はお前らしく、生きればいいじゃん」
「……私らしくって、なんだよ。そんなの、もうわかんないんだよ!」
 つぶらな怪人の瞳から、じわりと涙が滲んだ。まるまるとした頭部を滑り落ち、ぽたり、ぽたりと地面に滴っていく。
 魚に涙腺なんてあるのか、とセルリアンは疑問に思ったが、口には出さなかった。何だかいい展開になってきたっぽい、そう察したからだ。
「だったら俺が、一緒に探してやるよ」
 女を誑し込む話術も、使い方次第でヒーローらしさを生み出す。つまりは説得だ。情に訴えかけ、悪に堕ちた者の心を救済することもまた、ヒーローの使命。武力で制圧するのみがヒーローではない。むしろ、愛の元に戦うバトルラヴァーズとしては、説得こそ求められる能力だろう。
 完全に戦意を失ったクマノミ怪人は、がっくりと地に膝をついた。



Up:2016.10.26