ピンチヒッター
「おい、太刀川いるか?」
「はぁい、いますよー」
太刀川隊の作戦室を訪れた諏訪を出迎えたのは、本来この作戦室にいるはずのない少女だった。彼女が軽く眉を寄せたのを見て、諏訪は咥えていた煙草を携帯灰皿にねじ込む。
「も来てたのか」
ここの隊員でもない彼女の姿が作戦室にあるのも、最近ではよくある光景だ。所属していた部隊が解散してからしばらくは知人の作戦室を転々としていただが、この頃は太刀川隊の作戦室に落ち着きつつある。
「太刀川さんが出水返してくれなくて」
先約はわたしなのになあ、とは頬を膨らませた。彼女が指差す先を見れば、ソファテーブルにノートパソコンを広げる太刀川の姿がある。正面に座る出水が「どーも」と軽く頭を下げた。
「あいつ何やってんだ?」
「大学のレポートですよ。これ出さないと単位出ないらしいです」
なにか飲みますか? と湯沸かしポットを示すに諏訪は首を振る。長居するつもりはない。
「出水は? おかわりいる?」
「んー、みかん取って」
「はあい」
は手慣れた様子で自分の飲み物を用意すると、みかんを手に取り出水の隣に腰を下ろした。ぱらりと雑誌をめくる姿はすっかりこの部屋に馴染んでいる。
「おい太刀川、それどんぐらいで終わるんだ?」
「うーん、分からん。もう時間?」
パソコンのキーボードを叩く手を止めて、太刀川はちらりと諏訪を見遣った。
「二十分遅刻だっての。東さんたち待ってんぞ」
「麻雀ですか?」
雑誌の片手間に問うに、諏訪が「ああ」と溜息まじりに返す。太刀川はパソコンの影から伺うように出水を見た。
「なあ、ちょっとだけ顔出してきていいか」
「ダメでしょ」
答える出水はにべもない。えー、と不満げな眼差しを送る太刀川に、出水は冷たく「ダメに決まってんでしょ」と繰り返す。太刀川は諦めたように肩をすくめて諏訪に振り返った。
「うちの参謀がダメだって。レポート終わんないと無理」
「っとに懲りねえなぁ、太刀川」
「違う違う、今回は教授が全面的に悪い。補講の日にインフルになっちゃったらしくてさあ、代わりにレポートが出たんだよ」
「いつ出たんだ?」
「一週間前」
「じゃあてめーが悪い」
太刀川はなにごとか反駁しようとしたものの、すぐさま出水に机を叩かれてパソコンに向き直った。後輩の監視なくてはレポートの一本も仕上げられない男がボーダートップチームの隊長なのだから世も末である。
諏訪はちっと舌打ちして、それから出水の隣で雑誌を捲っている少女に目を留めた。
「、お前は?」
「えっ、わたしがどうかしました?」
急に水を向けられたは、ぱちくりと目を瞬かせた。
「暇かって聞いてんだよ」
「うーん、太刀川さんのレポートが仕上がるまでは暇です」
「出水、あとどんくらいだ」
「二時間はかかりますね」
ね、太刀川さん。確認するように問いかけた、出水の眼差しはやはり冷たかった。その時間で片付けろという圧力である。太刀川は黙って頷いた。
「だったら暇だな。あのバカの代わりに付き合え」
「でもわたし、麻雀のルールなんて知らないですよ?」
「やってりゃ勝手に覚えるって。小佐野もいるぞ」
は出水にちらりと目をやってから、雑誌を閉じて立ち上がった。
「お前、ほんっとーに今日が初めてなんだよな?」
「そうですよ?」
麻雀って結構楽しいですね、また誘って下さい。上機嫌に言うとは裏腹に、諏訪は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。
「ビギナーズラックにもほどがあんだろ……」
煙草を灰皿に押し付けながら、諏訪は深々と溜息を吐く。諏訪、東、小佐野、そして飛び入りのという面子で始まった卓は、初めの数局を除いての一人勝ちだった。戦略などまるでない、純粋な強運である。これには東も苦い顔で「今日冬島さんがいなくて良かったな」と頬をかいた。
「負けた人が勝った人の言うこと聞いてくれるルールでしたよね? 一番負けたのって誰?」
応じたのはの隣に座る小佐野だった。舐めていた棒付きキャンディで正面の諏訪を指す。
「はーいすわさん、ご指名でーす」
「うるせえぞ小佐野。はいはい俺が負けましたよ、要求はなんだ」
「焼き肉食べたーい!」
「肉だあ? てめーA級だろ、自分で食えよ」
「ええ~、ルール決めたの諏訪さんなのに」
「そーだよすわさん、おーじょーぎわが悪いよ」
「今回は俺も出すよ」
元からそのつもりだったしな、と苦笑する東に、――はなにか閃いたようにぐるりと面子を見渡し、それから諏訪を見つめた。
諏訪と小佐野はB級、そして東も現在はB級チームに所属している。本来この場に来るはずだった太刀川と、代わりにと呼ばれたはA級だ。
「諏訪さん……もしかして太刀川さん誘ったのっておごらせるため?」
ピクリと煙草を持つ手が揺れた。それで十分だった。
「ひっどーい! わたしのこと太刀川さんの代わりにしようとしたんだ! 風間さんに言いつけてやるっ」
「おいやめろ。それはやめとけ、な?」
ボーダー施設内は全面的に賭け事禁止である。罰ゲーム付き麻雀は現状見逃されているものの、の訴え如何では風間から上層部に禁止を進言されかねない。
「焼き肉……」
「わーったわーった、奢りゃ良いんだろ!」
は満足そうににっこり笑った。それからスマホを取り出して確認する。
「あ、太刀川さんのレポート終わったみたいです。今こっちに向かってるって」
「誰が?」
「出水と太刀川さん」
「はあ? ざけんな帰らせろ、絶対あいつらにまで奢るハメになんだろーが」
諏訪が言った直後、来客を知らせるチャイムが鳴った。小佐野が立ち上がり、モニターを確認する。
「すわさんもう来ちゃったよ。どーする?」
「……よし、いっそ太刀川に奢らせようぜ。レポート終わらせてねえあいつが悪い」
「ははは、それは良いかもな。少しは薬になるかもしれない」
東まで賛同しては覆らないだろう。つい先日、小説を大人買いして財布が薄くなっていた諏訪は、そっと胸を撫で下ろした。
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