冬着
ダウンジャケットのポケットの中がぶるりと震え、飛雄はちらりと時計を確認した。待ち合わせまで、あと五分。おそらくからの連絡が入ったのだろう。改札口の近くで立ち止まるわけにもいかず、人々の流れに乗り外へ吐き出されるのを待ってからスマホを確認すれば、表示されていたのは予想通りの名前だった。ついたよ、と一言。それから最近気に入っているらしいサンタ帽を被った犬のスタンプ。なにを返すか考えて、しかし一瞬の後にスマホを閉じた。たぶん、を見つける方がずっとはやいので。駅前の広場はすっかりクリスマスの飾り付けで彩られていて、中央には大きなクリスマスツリーが鎮座していた。薄曇りの今日はまだ昼間なのにぼんやりと暗く、暖色のライトがツリーを覆い尽くして淡く輝いている。飛雄はそんなツリーには目もくれず、人の山から頭一つ飛び抜けた長身を生かして広場の端の方へ視線を向けた。ツリーの近くなどという過密地域にがいるわけがないからだ。ほどなくして見慣れた丸みの後頭部を探し出した飛雄は、心なしか足をはやめた。
馴染みの後頭部はいつも通り少し右に倒れたまま俯いている。就活のためにトーンを落としたというセミロングは、彼女の生来の色よりも幾分暗い。は「大学入ってからブリーチぎりぎりくらいに明るくしてたから、反動ですごく暗く見えるんじゃない?」なんて言っていたが、飛雄は確信に近いものを持っていた。なんなら子どもの頃のアルバムを引っ張り出して比べたっていい。自分の姿なんて鏡越しにしか見えないのだし、客観視しているこちらの感覚の方が絶対に正しいはずだ。こっちは二十年はその丸い頭を見てんだぞ。しかし、それを主張するのはなんとなくはばかられる気がして、強く言ったことはなかった。
「悪い、。待ったか」
人波をすり抜け辿り着き、喧噪に負けない程度の声で呼びかける。は真っ白なマフラーに埋めていた顔をあげ、ふにゃりと微笑んだ。
「んーん、早く来すぎちゃった」
「……そうか。どこか入るか。寒いだろ」
「そうだね。あったかいの飲みたいし。行きたいとこなかったら、わたしが決めていい?」
「ああ」
頷きながら左手を差し出せば、は不思議そうに首を傾げ、それから飛雄の顔と手を何度か見比べた。身を屈めて「手」と飛雄が短く告げれば、ようやく手袋に包まれた右手を飛雄のそれに乗せる。
「えーっと……、その、これで、あってる?」
「他になにがあるんだ」
隙あらば引っ込めよう、みたいなおそるおそるの手を、飛雄は掴まえるように握り返した。はぱちぱちと瞬きしながら、ほあーだかほえーだか妙な鳴き声で驚きを示す。
「なんか文句あんのか」
「…………いやあ、だってねえ。……手か。手かあ」
「なんだったら良かったんだ」
他の選択肢を提示されたところで離すつもりは毛頭無いけれど、ひとまず参考程度にと問えば、はう~んと首を傾げた。
「良いとかはないんだけど。あー、なんだろう、……鞄、もつ、とか?」
「重いのか」
「いやまったく」
これで重かったら鉛とか入ってるよ、と言いながらが持ち上げたのは大学ノートも入らないサイズのハンドバッグである。飛雄はむっと眉を寄せると「じゃあ自分で持て」と切り捨てるように言った。
「言われなくても持つし」
もまたむむっと眉を寄せたのだが、不服の表れではなかった。つまり重い鞄なら持ってくれるということなのでは、と思い至ってしまった己の思い上がりを戒めるためのしかめ面だが、おそらく思い上がりではなかった。
「で、どこ行くんだ」
「ん、ええ?」
「どこ、行くんだ」
屈むのにもいい加減疲れたのか、姿勢を元に戻してしまった飛雄の声はなかなかの耳まで届かない。ヒールを履いても飛雄の肩に届くかどうかという身長差があるので、歩きながらの会話は骨が折れるのである。幸いにしては数秒で我に返り、長年鍛えた読心術を思い出した。
「ああ、行き先ね。あっち。信号渡った先」
空いている左手で道路の向こう側を指し示し、それから信号を指差す。頷いた飛雄が手を引き歩き出したその瞬間、が「あ」と小さく叫んだ。同時に手の中に握りしめていたそれが急に質量を減らす。
「……ん」
手元を見下ろせば、飛雄が握りしめていたのは手袋だけだった。マフラーと揃いの白いファー生地のそれは手触りこそいいものの、ミトンタイプのためかすっぽ抜けやすいらしい。あちゃあ、みたいな顔のが、手袋を回収してもう一方とまとめると、ぎゅっと鞄にねじ込んだ。
「ちょっと大きいんだよねこれ。フリーサイズしかなくて」
「そうか」
半分くらい聞き取れていなかったが、多分手袋の話だろう。サイズがでかいとか、そんな話だ。毎年似たような話をしているので聞き返さずともわかる。手袋をしまい終えたにもう一度手を差し出せば、今度はなにを聞き返すでもなく、小さな手がぽんと飛雄の手のひらにのせられた。
Up:2023.12.02
お題 : 推しアドベントカレンダー/03.冬着
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