セリフお題「雨、やんだね」
スマホの電源が落ちたのは、送信アイコンをタップしたのとほぼ同時だった。……ちゃんと送信できただろうか。ただの鉄の塊になっしてしまったそれを鞄の中に放り込みながら、深い溜息をひとつ。
たくさんのデート相手にもいろんな女の子がいる。今日の相手はちょっと気難しい子だ。なのに、よりによってその子とデートの日に別の予定を被せてしまった。謝罪のメッセージが無事に届いていたとしても、その後の返信が滞ればさらに怒りを買うだろう。今日に限って予備のバッテリーを忘れてしまったのだけど、はたして彼女は信じてくれるだろうか。
放課後になって降り出した雨は、刻々とその勢いを増していた。学校を出る頃には小雨だったのに、家の最寄駅まで着いた今はバケツでもひっくり返したような激しさだ。今朝、顔を洗っている最中にお母さんに言われた忠告を今更になって思い出す。今日の夕方は雨だから、傘を持っていきなさい。
駅のコンビニの傘はすっかり売り切れ。次のバスは一時間後。しかたなしに待合室のベンチに腰を下ろした。今日はとことんついてない。
暇潰しにゲームでもするか、とスマホに手を伸ばしかけて、思わず舌打ちした。そいつが使えないから今困っているのだ。ただでさえ気分が落ちてるのに、二重に落胆させられたような気持ちになって苛立ちが募る。空を覆う雨雲のように、俺の胸の内もじわじわとかげっていった。
どれだけそうしてぼんやりしていただろう。電車の発着を知らせるアナウンスが駅舎に響き、思わず顔を上げた。もう次の電車が来たらしい。退勤のラッシュからはだいぶ早いこの時間帯、田舎のローカル路線は一時間に一、二本しか電車が来ない。改札上の電光掲示板を見ると、俺が駅についてから三十分ほど経っていた。
少しして、改札から降車客がちらほらと吐き出されてくる。誰か知り合いでもいれば、と探しかけてすぐにやめた。立て続けに悪運が続いている今日、そんなことを望んでも無駄な気がしたからだ。
溜息とともに自然と視線は下降して、ぽつりと床に落ちる。磨き上げられた白い石材の床に、自分のシルエットが映り込んでいる。時間をかけてセットした髪も湿気にやられてへたり込んでいるのが、さらに気分を落ち込ませた。
「……蔵王?」
耳慣れたその声に、弾かれたように顔をあげた。先程の祈りが通じたのか、改札を抜けて待合室へやってくる人々の中に、の姿がある。俺と目が合うと、は小さく笑ってこちらへ寄ってきた。……今日、案外ついてるかも。
しかし実質帰宅部の俺と違って、は毎日遅くまで部活があるはずだ。この時間に駅にいるのは珍しい。聞けば、「今日は顧問が出張で休みなんだ」と返ってきた。
「そっちこそ珍しいんじゃない? 今日はデートないの?」
「地元の子と予定入れてたんだけど、別の子と被っちゃっててさ。調整してる最中にスマホの電源が死んだ」
「充電器は? いつも持ってるじゃん」
「忘れちゃったんだよ、今日に限って。一度家帰ってから連絡しようと思ったんだけど、雨やべーのに傘忘れたし、バスはねーし。……とほーに暮れてたとこ」
「あーらら。だったら、私が救世主だったりして」
はいたずらっぽく笑うと、鞄の中をごそごそとあさり始める。ややあって出てきたのは折りたたみ傘だった。
「ちょっと狭いけど、よければ入ってく? 今の時間だったらバス待つより歩く方がはやいよね」
「まじ? さまさまだわ、助かった!」
ベンチから跳ねるように立ち上がる。俺の中に立ち込めていた雨雲は、のおかげでどこかへ消え去ってしまったらしい。連れ立って駅舎を抜け出ると、ふっと一筋の日差しが目の前に落ちてきた。
「あれ? 雨、やんじゃったね」
開きかけていた折りたたみ傘を片手に、が空いているほうの手のひらを上向かせて前へ差し伸ばす。さっきの土砂降りが嘘みたいに、水滴ひとつ落ちてこない。
「ほんとだ。しかもちょっと晴れてる」
曇天の隙間からこぼれる陽光が、ことさら目に眩しく感じた。タイミングよかったね、と折りたたみ傘をしまうに頷きを返しながら、俺は心の端で真逆のことを考えていた。
……一緒に傘に入るチャンス、逃しちゃったな。
Up:2018.03.13
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