天秤はいつまでもおれが重いまま
「やった! 公平だいすきっ!」喜びに瞳を輝かせ、幼馴染はきらきらと笑う。やわらかく細められた目のかたち、ほんのり上気した頬、白い歯をこぼす桜色のくちびる。最上級のその笑顔はいつだって出水がつくり、出水に向けられてきた。
今日も首尾よくその笑顔を引き出したことに満足感を覚える一方で――さらりと吐かれた「だいすき」が、出水の心の奥にさざなみを立てる。
だいすき。
臆面もなく言えるのは、その言葉に重みがないからだ。真剣味がないからだ。そして、出水と同じ「おもい」ではないからだ。
「へーへー……そりゃどーも」
「じゃあさ、何時のやつにする? 早めに観て午後遊ぶ?」
出水の辟易した態度なんて気にも留めず、は楽しそうにスマートフォンを操作している。から羽のように軽い「だいすき」を浴びせられるたびに、出水はそれをはいはい、と受け流してきた。数えるのもばからしくなるほど、何度も。だから今更それを拒絶なんてするわけがないし、子供の頃に姉の映子が言ったからかいを信じている彼女は「公平ってば照れ屋さんだなあ」なんて考えていることだろう。
かつては確かに、ほんのりくすぐったい照れ隠しだった。姉にそれを認めたことは一度たりともなかったが、だいすきと言われれば当然悪い気はしなかったし、こうも喜んでくれるならと次の計画をぼんやり立てたりもした。が笑えば、それでよかった。……まあ、泣き顔や怒った顔や拗ねた顔も同じくらい引き出してきているのだが。
そうして二人の時間との「だいすき」は、幾重にも積み重なって。
だいすき、だいすき、だいすき。
あまくほどける声は出水の中ではっきりとした重量をもって心に留まり、いつしか天秤は傾いていた。笑顔だけじゃ釣り合わない。その言葉だけじゃ釣り合わない。
その「だいすき」は、おれの欲しい「すき」じゃない。
ふわふわと舞い落ちる羽のやわらかさに、飽いたわけではないけれど。もっと胸を満たす熱のこもったものだって欲しいのだ。変わらず無邪気に笑っていて欲しい、けれど同時に、つよく焦がれるようなそれを手にしたい。なにもかも知り尽くした幼馴染の、唯一見たことのないその顔が欲しい。
だいすきの羽が一枚乗せられるたび、出水の天秤はさらに重たく傾いてゆく。
まだ見ぬ彼女の恋が欲しい。ほとんどすべてを出水へ明け渡している彼女の、最後のひとかけらがほしいのだ。それはつまり、彼女のすべてを求めるのと同じこと。ひとひとりのすべてを望んでいるのだ、深く沈み込む天秤が止まってくれるはずがなかった。
きっとこの先も、天秤は沈み続ける。彼女のすべてを手にする日まで。彼女が出水と同じ渇きに、気付く日まで。
Up:2022.08.06
title by ふたりへのお題ったー
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