「なんで? 好きだよ?」
「だったらなんで『ありえない』のさぁ~……」口を尖らせる緑川に、は苦笑を浮かべた。なんでと言われても困ってしまう。だって、ありえないものはありえないのだ。自分たちの関係はそんな浮ついたものじゃない。綿菓子のように軽くて、やわく溶けてしまうようなものではない。
「じゃあ、みどりんは双葉ちゃんと付き合う?」
「えぇー、それとこれとは別じゃん!」
「同じだよ。出水のことは好きだけど、そういうんじゃないの。わかるでしょ?」
諭すようにが言えば、緑川はすこし納得したようだった。それでもまだすっきりとしない部分もあるようで、でもさ、とか、だって、とかもごもご言っている。
「もう、出水もなんか言ってよ。他人事みたいにしてさあ」
「そーだよ、いずみん先輩はどーなの?」
それまで我関せずとでも言いたげにスマートフォンをいじっていた出水は、じろりとを一瞥した。くだらない話を振るなとでも言いたいのだろうか。とはいえ、出水の方からも否定してくれれば緑川だって引き下がるだろう。そんな気持ちを込めてもまたじっと見つめ返せば、彼はうっとうしげに顔を背けた。……どうやら虫の居所が悪いらしい。今日はそんなに出水の機嫌が下がることがあっただろうか、と首を捻るものの、思い当たるものはまるでなかった。ついさっきの個人戦だって出水は快勝続きで、むしろ機嫌がよかったはずなのに。
「ねー、いずみん先輩ってば」
「知らねーよ。こいつがそう言うなら『ありえない』んだろ」
「ちょっとなんなの、感じ悪いなあ」
吐き捨てるように言い放つ出水に、さすがのもむっと眉を寄せる。いきなり機嫌を損ねられて、わけもわからないままぶつけられては黙っていられない。
「感じ悪いのはどっちだよ」
「なにが、どこが? わたしたち普通に話してただけでしょ」
「わかってねーなら一生そのままでいれば? この鈍感」
出水はじろりとを睨み付けると、そのまま立ち上がって歩き去ってしまった。はぽかんとした表情でそれを見送って――数拍後にくるっと緑川を振り返った。
「見た今の!? なに!? わけわかんない!!」
「……おれはいずみん先輩かわいそーって思うけど」
「えぇっっ、なんでよ、いきなり怒られたわたしが可哀想じゃん!」
「あーあ、もうおれ知らなーい」
そのまま緑川までいなくなって、はぽつんとソファに取り残されてしまった。個人戦の結果に一喜一憂する周囲のざわめきが、急に耳に飛び込んできたようにうるさく感じる。なんだか場違いなところにいるような気がして、ものろのろとフロアを出た。
出水とは幼馴染だ。そこに浮ついた感情なんてない。一瞬で燃え上がっては冷めて砕け散るような、危うい感情なんてない。あるのは、家族のように親密で確かな絆だ。少なくともはそう信じてきたし、家族と同じだけの信頼を出水には向けていた。
「わたしが、間違ってるの?」
ぽつりと漏らした声は、弱々しくの耳に届く。わたしたち、ずっとそうやって、しっかり手をつないで歩いてきたじゃない。苦しくて立ち上がれなかったあのときも、悲しくてどうしようもなくなったあのときも、決してその手を離したりしなかった。
「……そんなわけ、ない」
出水のことだ、いじっていたスマートフォンのゲームで大負けしたとか、米屋あたりから送られたメッセージに腹が立ったとか、きっとそんな理由だ。出水のよくわからない不機嫌は今に始まったことじゃない。誰だってそういう日はあるものだ。
「よしっ、なんか食べにいこーっと」
むかむかしたときは甘いものでも食べるに限る。は換装を解いてしまうと、エレベーターを目指して歩き始めた。
Up:2022.08.06
title by ふたりへのお題ったー
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