チョコレートに溶かしたひみつ

「……はい、これ」
 そっと慎重に、しかしさりげなさを装って。が出水へ差し出したのは、可愛らしいデザインの小さな紙袋だった。ピンク地にチョコレート色のドット柄、持ち手のリボンもチョコレート色で、リボンの先はくるんと綺麗なウェーブを描いている。
 先程まで、行き会ったボーダー隊員たちへ手当たり次第にばらまいていたものとは違った、きちんとした「おくりもの」感のある包装だ。中を覗いてみれば、紙袋と同じ配色の箱が入っていた。ハート型である。
 出水は紙袋に目を落とし、幼馴染を一瞥して再び紙袋を見つめた。
 ――さて、これはどうしたものか。
 どことなく落ち着きのない幼馴染にかすかな期待がよぎるものの、のことである、おいしそうだと思って作ってみたレシピが想像以上に難易度が高かったため味に自信がないだとか、友達につられて買ったはいいが渡す相手もいないのでとりあえず出水に渡すことにしたとか、そういう斜め下の発想も十二分に考えられる。というかそちらのほうが可能性が高い。……いや、そうに違いない。
 出水は湧き上がった期待の一切合切を、ひとまず捨て去ることにした。
 この幼馴染の出水に対する無防備さたるや、出水自身、苛立ちを通り越して心配になってくるレベルである。恋愛のれの字も脳内に転がっていなさそうな彼女に、期待などするほうが馬鹿というもの。そもそも、に恋心が芽生えたとして、一番近くにいる出水が気付かないはずがないのだ。予兆もなしにチョコレートを見舞ってくるなんて、絶対にありえないことだ。
 とりあえず「これも作ったのか?」と一応の確認をすることにした。もしも購入品であるなら、「おいしそうだから買ったの、一個ちょうだいね」の可能性があるからだ。
「うん、光といろいろレシピ探してね。おいしそうだったから作ってみたくなって、それで……」
 歯切れの悪いの様子に、出水はははーんと内心で思った。最初に浮かべた予想が的中したらしい。の製菓スキルは低くもないが高くもない。チョコレートの手作りはなにかと難しい工程が必要だと姉に聞いたことがあるし、出来映えに自信がないのだろう。
「それで? 意外と難しくてうまくいかなかった?」
「そ、んなことない!」
 図星をつかれたような焦った態度に、出水は思わず吹き出した。とことん嘘がへたくそな幼馴染である。
「ちゃんと食ってやるから安心しろよ。寛大な幼馴染でよかったな~」
「う……、ほんとに違うんだってばぁ……」
「はいはい、そういうことにしてやるよ」
 は不満そうに口を開きかけたが、うまく言葉を見つけられない様子で噤んでしまった。はぁ、と控えめな溜息を吐いてから、気を取り直すように顔をあげる。
「それね、幼馴染特別チョコだから。他のみんなとは違うんだからね。……大事に食べてよ?」
「ほぉー、そりゃ楽しみだ」
「ちょっと、ほんとにおいしいんだからね? 疑ってるでしょ!」
「わかったわかった」
「全然わかってなーい!」
 ……ほんとに、わかってないんだから。
 ふいっとそっぽを向いた先で、は言葉を飲み込んだ。
 の落ち着きのなさを、出水は「チョコの失敗によるもの」と捉えたようだが、本当は違う。がこの日のために用意したのは「幼馴染特別チョコ」などではない。
 世界にたったひとりだけ、大好きな男の子のために捧げる本命のチョコレート。レシピもラッピングも、渡し方だって迷いに迷ったのだ。それを「どうせ失敗したんだろ」なんて失礼にもほどがある。なんてデリカシーのないやつだろう。公平め、お姉ちゃんに言いつけてやるんだから!
「そんなに疑うなら返してよ。公平には食べさせてあげないっ」
「やだね、もうおれのだし。絶対返さねー」
 出水はこれ見よがしに紙袋を高く持ち上げ、から遠ざけた。からかうような笑みがくすぐったくて脇腹を小突けば、大げさに痛がってみせる。こういうところは妙に子供っぽいというか、ずっと変わらないというか。
 それでも、好きなのだけれど。
 それでも、……勇気をふりしぼれない自分が、一番こどものままなのだけれど。
 当たって砕けろとばかりに背中を押してくれた仁礼には、いったいなんと申し開きをしたらよいだろう。「押して押して押し倒せ! ついでにキスでもぶちかましてこい!」などと吠えていた軍師・仁礼に、気持ちを告げることすらできませんでした、などとは口が裂けても言えたものではない。
 無論、なにも変わらない二人の様子を見れば、すぐに分かってしまうことではあるのだが。
 この決戦の日に向けて全面協力を惜しまなかった親友に申し訳なさを感じながらも、「幼馴染特別チョコ」を眺める出水の横顔が、あんまり楽しそうだから、……チョコレートの中身は、もう少し秘密にしておこう。




Up:2020.03.01
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