人を✕✕してしまった

『――ろ……ちゃったの……っ』
 電話から漏れる嗚咽混じりの声は不明瞭で、先程から何を言っているのかさっぱり分からなかった。場所だけでも聞き出したいのに、電話の主にはこちらの言葉がろくに届いていないらしい。✕✕✕ちゃった、どうしよう、たすけて。そればかりが繰り返されて、電話を受ける出水にも焦りが積み上がっていく。
『公平たすけて……っ、おねがい、おねがいっ!』
「わかった、わかったから。無理に喋んな、息ちゃんと吸って吐け」
 うめき声のような肯定が返され、何度か呼吸音がする。荒かった呼吸が緩やかになったところで、出水は「いまどこ?」と何度目かになる質問を口にした。
『き、北側の、五番通路、出たとこ……。コンビニの裏……』
 警戒区域外から本部を結ぶ地下通路。北側の五番と言えば三門市内でも治安の悪い場所だ。警戒区域の境目で普通の人は寄り付かないが、無駄に豪胆な不良なんかが溜まり場にしているのだ。
 なんだっておまえがそんなところに。湧き上がる当然の疑問を、出水はぐっと堪えた。今問い質してもおそらくまともな答えは返ってこないだろう。疑問の代わりに、彼女が望む言葉を返してやる。
「分かった、すぐ行くから。絶対そこ動くなよ、
『うん、待ってる、ちゃんと、まってるから……っ』
 はやくきて。いますぐきて。
 なにかに怯えきったように震える声が、出水の鼓膜にじっとりと貼り付いた。最悪の事態が起きている――そんな嫌な予感が、首筋をちりちりと焦がす。出水はトリガーをポケットに忍ばせると、静かに家を抜け出した。




Up:2019.07.20
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