オンリーレインドーム
「もしかして、傘ないの?」とんとん、とローファーの爪先で三和土を蹴りながら、そう言ったのは同じクラスのだった。この大雨に傘立てを睨みつける生徒がいれば、誰だって何が起こったか想像付くだろう。
「うん、盗まれたっぽい。オレのビニ傘だからさ」
溜息混じりに頷くと、は「あれは盗られやすいよねえ」と苦笑する。靴を履き終えた彼女は、持っていた明るい緑色の折りたたみ傘をオレに差し出した。
「わたしのでよかったら使う? ちょっと大きめだから、男子でも入ると思うよ」
「まじか、助かる! でもはどうすんの?」
もしかして一緒に入ろうとか、そういう? 密かにちょっといいな、と思っていた女子に言われたのだ、少しくらい期待してもバチは当たらないだろう。
しかしは、にっこり笑ってこう言った。
「だいじょーぶ。あてがあるから」
オレと相合い傘してくれる気は最初からないらしい。そりゃそうか。しかし、当てとは。
首を傾げるオレの目の前で、は傘立ての中から一本の傘を引き抜いた。選択に迷いがないが、デザイン的にもサイズ的にも、明らかに男ものの傘だ。
……いや、待て待て。
「なあ、それパクる気じゃないよな?」
傘を盗まれたオレの目の前で、堂々と。ちょっと引き気味に言えば、は目を丸くして首を横に振った。
「違うよ! これは……」
「おれのだよ」
第三者の声に振り向けば、靴箱の前に出水が立っていた。ばらっと三和土にスニーカーを投げ出して、出水はからかうような目をに向ける。
「おいこら、傘ドロ現行犯」
「ええっ、ひどい!……違うからね?」
縋るような目でこちらを見るに、オレは頷きを返す。出水が本気じゃないのは顔を見れば分かった。
「『公平様、どーか傘入れてください』って言ったら許してやるよ」
「……公平様、この前の恩をお忘れですか?」
「あっ、やべえ、うそうそ。どーぞお入りください」
「やった! ありがと!」
この前の恩とやらがの言う「当て」だったのだろうか。そんなものがなくても、出水はが相手なら入れてやる気もするが。
「それじゃ、また明日ね」
「おう。傘ありがとな」
手を降ってポーチに出るに、オレも手を振り返す。折りたたみ傘を途中まで開いて後に続こうとしたら、ようやく靴を履き替えた出水がオレを抜かしざまに小声で言った。
「あいつ、誰にでもあんなだから。勘違いしないほうがいーぜ?」
の保護者を気取るような口振りのくせに、オレを一瞥した出水の視線はひんやりと冷たかった。忠告の形を取ったそれは、明らかな牽制。
出水はオレの返答を待たず、を追うように出ていった。自然な動作での手から傘を取り上げると、二人は当たり前のように一つの傘に収まって歩き出す。
「はは……そういうことね」
薄々感じてはいたが、今更誰かが入り込む隙など、あの二人の間にはなかったらしい。たとえあったとしても、今日のように潰しているのか。出水がそんな陰険なヤツだとは思えないし、たまたまなのかもしれないけど。
どっちにしろ、オレの恋にも満たない微かな期待が破れたことに変わりはない。明日、この傘をに返すまでには、破れた思いの残滓が消えてくれることを願った。
Up:2019.06.14
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