透明のアンビバレンス
「あ、出水いいところに!」
目が合った途端にぱっと表情を明るくさせたに、食堂の空席を探していた出水はふと眼差しを柔らかくした。どうした、とテーブルに寄っていく出水の後を、日替わり定食の載ったトレイを持つ米屋も追う。
四人がけの丸テーブルには、と影浦隊の仁礼が向かい合わせに座っていた。手前の空席に出水が腰を下ろし、奥に回り込む米屋のために光が椅子を引いて道をあけてやる。男子二人が席に落ち着くと、はさっそく出水の方に軽く身を乗り出した。
「次の土曜日って空いてる?」
「土曜? 今んとこ暇だけど。なに、混成?」
今日の日替わり麺は醤油ラーメンである。出水は麺にふうふうと息を吹きかけながらに答えた。
「ううん。こないだすっごい可愛いワンピース買ってね、次の休みに絶対着よう! って決めてたんだけど、だーれも予定被んなくって。家で着るのはもったいないし」
「アタシは任務入ってるし、歌歩にもさっき振られたんだってさ」
ボーダー内でが親しくしている女子といえば、あとは那須隊の熊谷と玉狛に移った宇佐美だろう。日替わりの和風ハンバーグにかぶり付いていた米屋が「栞も土曜は無理だぞ」と口を挟んだ。
「親戚の集まりとか?」
「そ。ばあちゃんの還暦祝い」
「おお、おめでと~」
「どーもどーも」
軽い拍手を送るに、米屋はおどけたように笑う。出水はスープの底に沈んでしまったメンマを救い出しながら言った。
「じゃあ飯でも行く?」
「行くー!」
くるっと出水に頭を戻したは、顔いっぱいに喜びを浮かべて頷く。そんなにつられたように出水も小さく笑った。
「なんか食べたいのある? なかったらこないだ沢村さんに聞いたとこ行きたい」
「おー、いいよ。どのへん?」
「ショッピングモールの中に最近入ったんだって。お蕎麦屋さんあったとこ」
「蕎麦屋二つくらいなかった? ステーキの隣?」
「そうそう」
「おっけー。あ、ついでに靴見たい」
「ご飯のあと行こっか」
休日の予定を詰め始める二人を横目に、米屋はわずかに光の方へ身を寄せる。
「な、こいつら付き合ってないんだよな」
「ない」
「オレ、女子に『可愛いワンピース着たいから出かけよう』とか誘われたらすげードキドキするわ」
「アタシもそれ男子に言うなら相当覚悟決めるよ。でもこいつらだからなー」
肩をすくめてたちを見つめる光に、米屋もしみじみと頷きを返した。
出水を見つけた途端に花が咲いたように表情をほころばせるも、そんな彼女に目元を和らげる出水も、出会った頃からずっと変わらない。その笑顔が、眼差しが、互いだけに向けられる唯一のものであっても、二人を結ぶ関係はただの幼馴染だ。少なくとも二人は当然の顔でそう答える。ただの幼馴染。それを変える気は、お互いにないらしい。
残りのハンバーグに取り掛かりつつ、米屋はちらりと幼馴染二人を盗み見る。彼らの話題は休日の予定から大きく逸れて二転三転しているようだ。出水の前のは普段の三割増しで饒舌だし、対する出水も楽しげに目を細めている。
同い年で異性の従姉を持つ米屋は、痛くない腹を探られる煩わしさをよくよく理解していた。だからこの二人には、ほんの僅かな同情とも親近感ともいえる感情を寄せていたりする。もちろん、わざわざ口に出すことはないけれど。
なんだってやつら、男と女が一緒にいるってだけでうるさく話しかけてくるんだか。世の中には男と女しかいないってのに、異性ってもんを見たことがないんだろうか。あほらしい。数年ほど前までは、クラス替えのたびにうんざりしたものだった。
米屋と栞は親戚だが、出水とは血の繋がらない幼馴染である。受ける勘ぐりの鬱陶しさは出水たちのほうが一段とひどいのだろう。あいつらも毎度大変だよな、と応じる二人を見るたび思っていたのだが。
「あれじゃ仕方ねーよなぁ」
あの煩わしさを知る身としては、二人の肩を持ってやりたいと思う。しかし、長く二人を見ていれば詮索したくなる気持ちも分かってしまうのだ。ただの幼馴染。その一言で済ますには、どうにも親密すぎる気がする。
口出しするつもりは全くない。出水の方は人並みに彼女がいたりいなかったりすることも知っている。近すぎて今更、ということもあるのだろうと、その方面には明るくないながらも考えてはみた。
しかしなんとなく、二人は二人でいるのが一番収まりが良いような気がするのだ。だからこそ、周囲も二人の関係が放っておけないのではないだろうか。
試しに付き合ってみりゃいいのになあ。結構うまくいきそうなのに。告白されては数ヶ月で飽きられたとぼやく出水だって、幼馴染が相手なら飽きられるもなにもないだろうに。
そう、思っているのは自分だけではない。米屋はちらりと隣の光に視線を投げた。少なくとも、米屋同様に二人の様子を眺めている光は同じ気持ちだろう。
「ねー米屋、この後空いてるなら個人戦しよー」
「ん? おーいいね、やろーぜ!」
あれだけ喋り倒していたのに、出水との二人はもう食べ終えたらしい。反射的に答えてから、米屋は急いで残りのご飯をかき込んだ。
Up:2018.11.05
title by 金星
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