空は快晴、大きな入道雲、街路樹に止まった蝉は思い思いに喧しく鳴いている。これぞ夏といった風情である。
はこの季節が嫌いではなかった。花粉に苦しめられる春に比べればちょっと暑いくらいなんてことない。長期休みもあるしイベントごとだって多い。夏を愛さない学生なんて、この世にほとんどいないだろうとすら思っている。
しかし今日の気温は「ちょっと暑い」をゆうに超えていた。朝の天気予報が告げた本日の並盛町の最高気温は三十度、真夏日である。春に戻りたいなどとは間違っても思わないが、さすがにこの暑さには参ってしまいそうだった。鼻の下に汗がたまるのを肩口で拭いながら、はいつもより重たく感じる自転車を押す。この調子では、学校を出る前に塗ったばかりの日焼け止めも意味をなさないだろう。立っているだけでも汗ばむような炎天下。さっさとこの灼熱から開放されたいところだが、自転車に飛び乗ることはできなかった。鈍い痛みを訴える右膝が、それを許してくれないのだ。
自転車のカゴに投げ込んだ鞄からは参考書が覗いている。夏真っ盛り、夏休み真っ盛り、遊びたい盛り、なのだが。もう中学生活も終盤、受験を冬に控えたは、受験生らしく夏課外に参加してきた。今日は担任と二者面談もあったが、入学より上の下あたりの学力を維持してきたは身の丈にあった進路を希望しており、面談はつつがなく手短に終わった。
と、そこまでは良かったのだが。「この調子で頑張れば大丈夫だ」という担任の言葉にか、苦手科目を二時限も耐えた開放感か、どうにも気が緩んでしまったは下駄箱で派手にすっ転んでしまったのだ。受験生としてはなんとも不吉な失態である。かくしてはこの炎天下を重たい身と心を引きずって、自転車を押すハメになったのであった。
受験生、という肩書自体になんとなく息苦しさを感じていたにとって、担任の激励はありがたいものだった。少しだけ身軽な気持ちになったというのに、今日はこのまま自転車で風を切り爽やかな気持ちで帰宅しようと思っていたのに。恨めしい気持ちでガーゼの当てられた膝を見下ろす。足の痛みが、忘れかけていた息苦しさを連れ戻してしまったようで。どうにも気分が落ち込んだ。
誰かこのふさいだ気持ちを晴らしてくれないだろうか。海にでも行けばさぞ開放的な気持ちになれるだろう、どんよりと垂れ込めた雨雲のような心も、波が解かしてさらってくれるかもしれない。
そういえば、今年はまだ海に行っていない。あの熱い砂浜、燃えるような太陽と波のきらめき。脳裏に海のイメージを描き出してみる。どこもかしこも輝いて、を誘うような海。一度思考を傾けてしまうと止まらず、どうしようもなく海が恋しくなった。海に行きたい、波の音が聞きたい。今だけ気分は魚だった。
しかし、それなりに真面目な日々を歩んできたは、つるむ友達も似たようなものばかりだった。受験を控えたこの夏に海に行こうと言い出すものはいない。「夏を制するものは受験を制する」というのが、この頃の教師たちの口癖だ。もしから誘ったとしても色良い返事はもらえないだろう。綱吉あたりはもしかしたら乗るかもしれないが、家庭教師だとかいう赤ん坊はおそらく黙っていないはずだ。ひとりで海に行くのはあまりに切なすぎるので、最初から選択肢にない。
「あっついなぁー」
思わず声に出てしまったが、聞くものはいなかった。この暑さの中をのろのろ歩いている人間はくらいしかいない。みな家でクーラーや扇風機の恩恵をちょうだいしているか、店に入るなりしているのだろう。じりじりと熱い体と、じんじんと痛む右膝を持て余し。目の前の信号は赤。カラカラ、転がしていた自転車を止めて、だらりと身体をもたれさせた。
「いっそ雨でも降らないかなー。あーつーいー……」
「なんで自転車乗んねーんだよ」
「この足じゃ漕げないんですよー……」
的確なツッコミに思わず返してから、はたと顔をあげた。
誰だお前は。
体を起こして声の主へ振り向くと、見るからに暑苦しい黒のTシャツが目に入る。腕にはじゃらじゃらと重そうなアクセサリー。視線をあげると、不機嫌な翡翠色が一対、をじっと見下ろしていた。仏頂面の獄寺。
「青だぞ」
「え、あ、ほんとだ」
顎で示す方をみると、歩行者信号が切り替わっていた。スタスタ歩き出す獄寺を追いかけるように、も自転車を転がし始める。が歩き始めると、獄寺も少しその速度を落とした。
「獄寺なんでここに? 獄寺も二者面だっけ?」
「なわけねーだろ。私服で学校行かねーよ」
「獄寺ならやりそう」
「てめえ」
「はは、ごめんって」
暑苦しい黒が目に入る。おどろおどろしい髑髏の描かれたシャツから、ちらちらとインナーの赤が覗いた。服装だけ見るとなんとも暑苦しいのだが、獄寺自身が暑苦しいかというと、あまりそうは感じない。慣れから来るものだろうか、それとも透けるような銀髪や涼やかな碧眼などが服装の重たさを軽減させているのだろうか。少し前を歩く獄寺を見つめながら、はぼんやりと頭を回す。
「お前は二者面だったのか?」
「そーそー。志望校の最終選択、ってやつ? あと午前中は課外入ってて。理系苦手だからさ」
「へえ、バカは大変だな」
「そこまで悪くないんだけど!」
「俺よりはできねえだろーが」
「う、うるさいなぁ……」
むっと口を噤んで獄寺を睨みつけたが、本気で怒っているわけではない。獄寺もそれをわかっていて、やっぱりバカじゃねえかと笑う。そういう会話が、嫌ではない。むしろ最近では楽しいとさえ思う。
「それで、なんで自転車乗らねえんだよ。そのほうが早いし涼しいだろ」
「学校出るときに転んじゃったの。歩くのはなんとかなるんだけど、自転車漕ぐとちょっと痛くて」
ほら、と片足を軽く上げてみせるに、獄寺は少し眉を寄せた。いつも寄せているのでたいした違いはないのだが、心なしか皺が深くなったように見える。思わず「皺が取れなくなるよ」と言おうとして、やめた。もう手遅れかもしれないと思い直したからだ。
「お前、今から家帰るんだよな?」
「うん」
「だったら俺が漕いでやってもいい」
「え、ほんと? どうしたの、獄寺が私に優しいなんて。ほんとに雨降るの?」
「なんだその言い草は」
「だって獄寺の優しさっていつも綱吉限定じゃん、しかもだいたい間違った優しさ」
「てめえ喧嘩売ってんのか!」
「事実を言ったまでですー!」
この頃は穏やかな会話も続くようになったと思っていたが、の勘違いだったのだろうか。いつもどおりの口論に発展しぎゃいぎゃいとやりあう。やっぱり、これも嫌いではないのだけど。
「今から十代目のところに伺おうと思ってたんだよ。だからそのついでだ、ついで! 俺も歩くのだるいからな。ちょうどいいから貸せ、後ろに乗せてやる」
「何それ、乗せてやる、ってエラソーに。私の自転車でしょー?」
「ごちゃごちゃうるせえな!」
「あっ、ちょっとぉっ!」
強引にハンドルを奪い、獄寺はさっさと自転車に跨った。その上、なんだこれ低いな、なんてぶつぶつと文句をつけ始める始末である。
「私まだ貸すって言ってないんだけど!」
「うるせえ。乗んのか乗んねえのかどっちなんだよ」
「……乗る」
「じゃあ早くしろ」
納得いかない思いを抱えつつ、はしぶしぶ荷物置きに腰をおろした。
風を切り、自転車は住宅街を進んでいく。幸い風紀委員に遭遇することもなく、二人乗りを咎められることはなかった。雲雀恭弥が並中を出た今、風紀委員の権力は高校に移っているといっていいが、並中風紀委員の支配力が弱まったわけではない。並高風紀委員の下部組織として、雲雀恭弥をトップに活動を続けている。
「言い忘れてたんだけどさー」
「ああ?」
ちらりと視線だけで振り向いた獄寺を、も見返す。ばたばたと黒いシャツがはためいて顔を叩くので、おさえるように軽く掴んだ。
「綱吉、多分家にいないよ」
「はあ!?」
「綱吉も課外。たしか全科目強制だから、四時過ぎないと帰ってこない」
「それを早く言えよ!!」
「だって、言ったら獄寺、乗せてくれなかったでしょ」
「ったりめえだろ!」
あーあまったく損したぜ、吐き捨てながらも、獄寺は自転車を止めなかった。ちゃんと家まで送ってくれるつもりらしい。
それならと、はあることを思いついた。どうせこのまま家に帰ったとしても、きりきり机に向かう気なんて起こらない。しっかり学校で勉強してきたんだから、少しくらい、ハメを外したって。成績優秀な獄寺なら付き合ってくれても困りはしないはずだ。
「ねえねえ、獄寺、今日暇なんだよね」
「暇じゃねえ」
「でも綱吉のとこ行こうとしてたんでしょ? それ潰れたわけだし予定ないじゃん」
「……何が言いてえんだよ」
「このまま海行こうよ!」
「はあ?」
心底呆れたような声で聞き返され、少々腹が立ったが今は気にしなかった。それよりも海だ、夏の醍醐味、海である。水着まで持参してしっかり泳ごうというのではない、そもそも膝を擦りむいたばかりの状態で泳ぐなんて自殺行為だ。もそこまでバカではなかった。
海に行ったという事実こそが大事なのである。夏の海、その空気を味わいたい。海に行かずして夏を終わらせたくなかったのだ、だって折角の夏なのだから!
「ねえ行こうよ海! ちょっと足つかるだけでいいの!」
「お前制服じゃねえかよ」
「明日は課外ないから洗濯すればいいもん」
「膝の怪我は」
「そこまで深いとこ入る気ないし平気だって」
「つーか人多いだろ」
「黒曜寄りの海岸はあんまり浜辺が広くないから海の家とかないし、ちょろっと遊ぶ分には人少なくていいんだよ」
「黒曜って逆方向じゃねえかよ」
「いいじゃんまだお昼すぎだもん! 行こうよ! 海行かないで夏を終えるなんてやだ!」
駄々っ子みたいに食い下がるに、獄寺はわざとらしく溜息をつく。しかしは知っているのだ、この獄寺はただのポーズであり、実際はかなり折れかかっている。もうひと押しで、きっと。
「ほら獄寺も暑いでしょ? ちょっと涼もうよ」
「家帰ったほうが早いだろうが」
「人工的な涼に頼るんじゃなくってさ、自然の恵みをね……」
「いつから自然派になったんだよ」
「いま!」
「そーかよ」
呆れたように返して、獄寺はハンドルを切った。の家はこの道を真っ直ぐ行ったところだったが、獄寺は右に折れる。
「笹川たちは誘わなかったのか」
「受験生だしちょっと誘いにくいじゃん」
「俺も同じ学年なの忘れたわけじゃねえよな?」
「だって獄寺は頭良いもん」
「まあな」
ふん、と鼻を鳴らして、獄寺はまたハンドルを切る。今までとちょうど逆方向。そして今出た道は海側だ。
「ただの暇つぶしだからな」
「やった!」
「礼は今日の昼飯でいい」
「え?」
「……金無ぇんだよ!」
「またー!? あ、わかったこのTシャツ買ったからでしょ! もっと計画的に使いなよね!」
「うるせえ家帰んぞ!」
「それは嫌!」
「じゃあ大人しくしてろ!」
「はーい」
ひゃっほー海だ!! が叫ぶと、また獄寺がうるせえと言い返す。けれど、もう家に帰るとは言わなかった。
「海だー!! うーみー!!」
「見りゃわかんだろ」
全身で喜びを表現するとは対称的に、獄寺は無感動に言ってのける。浜辺の入り口は石段になっていて、獄寺はそこに座り込むと途中のコンビニで買ったおにぎりを開封し始めた。あまりのテンションの違いに、はこっそり非難がましい目を向けてみたが、獄寺はもくもくとおにぎりにかぶりついていた。相当に空腹だったらしい。
諦めて海に意識を戻す。平日ということもあってか浜辺は静かなものだった。たちの他に誰もいない。少し離れたところにテトラポットが積み上がっている。打ち上がった海藻やゴミがすこし散らばっていたが、は気にならなかった。石階段の砂を払って鞄を下ろし、隣に靴を揃えて並べ、靴の中に丸めた靴下を押しこむ。膝を擦りむいたことも忘れて海へ駆け出した。
「砂あっつい!」
ひょこひょこ飛び上がるように砂浜を走り、砂の濡れたところまでくるとそっと足を止める。足の指で水分を含んでもったりとした砂の感触を楽しんでから、ゆっくり波に寄った。思っていたよりも冷たい海水が爪先を撫でる。もう一歩踏み出せば、くるぶしのあたりまで波がかかる。スカートを濡らさないように気をつけながら身をかがめて、手も浸した。ぱしゃぱしゃと水をかき混ぜて、掬っては散らす。飛沫が顔にかかって、それを風がさらっていく。
「獄寺も来なよー!」
「俺はいい」
「えー」
は口を尖らせて、また水を掬いあげた。そして思いっきり散らす。一瞬だけ虹が見えるようで、それが楽しくて何度も飛沫をあげた。打ち寄せる波が足を冷やして、波が引くと風がさらに撫でていく。日差しは熱く照らし続けているのに手足だけは冷たくて心地がよかった。潮風がブラウスを膨らませて、スカートが少しだけ持ち上がる。足の痛みも日焼けを憂う気持ちも受験にまつわる息苦しさも、全部全部潮風がどこかへさらってしまったみたいだ。
やっぱり海だ。海はサイコーだ。きっと前世は魚だったんだろう、こんなに気持ちいいのに波に触ろうともしない獄寺の前世は、陸地の生き物かもしくは海水で生きられない淡水魚か。そんなことを考えながら、散らした水飛沫がきらきら輝くのを見つめる。元は別の地に生きる存在だった二人が、人間に生まれたおかげでこうして一緒に海に来ることが出来たのだとしたら、生命の神秘だ。多分獄寺に言っても呆れ返った溜息しか返されないので、この神秘は胸にしまっておくべきだろう。
神秘的な感傷に浸りながら、遠くの水平線を眺め見る。真夏の強い日差しに照らされて輝く水面は、蒼から碧に細かく色を変えてみえる。海の碧は、獄寺の目の色に似ている。
碧い目。透けるような銀髪。私たちとは違う色。そう、獄寺は、海の向こうから、あの水平線の向こう側からやってきた人。今ではすっかりこの地との日常に溶け込んでしまって忘れそうになってしまうけれど、獄寺は遠い場所から、遠い世界からやってきた人だ。そしていつか、遠い世界へ帰っていくのか。その時はきっと、綱吉も一緒に連れて行ってしまうのだろう。すっかりの手を必要としなくなった、気弱だった幼馴染。
胸に広がったさみしさを吐き出して、代わりに潮風をいっぱいに吸ったら塩辛くて、やっぱりさみしい気持ちになった。
「ごくでらぁー!」
さみしさを紛らわすように大きな声を出すと、獄寺も同じように声を張った。
「なんだよ!」
「ほんとに、あそばないのー?」
「あそばねー」
おにぎりを完食したらしい獄寺は、もうぬるくなっているであろうペットボトルを開けているところだった。すげなく返して、ぐびぐびとお茶を流し込んでいる。
「……私も喉渇いたな」
すっかり忘れていたが、炎天下をだらだら帰宅途中であった。コンビニに寄った時に自分の飲み物も買っていたのに、海についた事でそれすらも頭から抜け落ちてしまっていたのだ。思い出したら急に喉が干からびていくような気がして、口の中の塩辛さがじわりと染みた。手を振って水滴を落とし、は先ほど駆けてきた砂浜を、今度はゆっくり戻っていく。濡れた足に砂粒がまとわりついて、獄寺のところに戻るまでには足は砂だらけになっていた。
「もういいのかよ」
「喉渇いたんだもん」
獄寺の隣に腰を降ろして、鞄に手を突っ込む。タオルで手を拭ってから、ペットボトルを取り出した。白地に青の水玉、涼しげなパッケージのそれをペきりと開けて口を付ける。ぬるまって甘さが舌に絡んだ。自分もお茶にしておくべきだったかと思いつつも、お茶にしていたらこちらにすればよかったと後悔していただろうと思い直す。夏になると買ってしまうこの清涼飲料水は家にも常備されている、にとっての夏の味だった。
「はー、夏だ」
「何当たり前のこと言ってんだよ」
「私の夏は今始まった」
「おっそいな」
「今日が私にとっての海開きだよ、夏の始まりでしょ」
「じゃあすぐ終わっちまうな、お前の夏はよ」
「……なんでそういうこと言うかなぁ獄寺は!」
そういうことではないのよ獄寺くん、わかる? 隣のクラスの担任である古典教師の真似をして聞いてみると、獄寺はしれっと「知らね」と返した。もとから教師に対しても獄寺はこの態度だ、しょうがない。
「海は満足かよ」
「獄寺が入ってくれたらもっと満足かな」
「断る」
「冷たいなあ」
「ひとりで帰んぞ」
腰を浮かせた獄寺に、は慌ててシャツの裾を捕まえた。
「待って待って! うそ! すっごい満足してます獄寺ありがとう!」
「そいつはよかったな」
ふっと笑って獄寺は座り直した。嘲るような笑顔は見慣れたものだったが、今の獄寺の笑顔は、ただ柔らかく頬を緩めたような、優しい表情だった。
はじめてだ、獄寺のこんな顔。
はどきりと胸が高鳴るのを覚え、思わず目を逸らして海を眺めるふりをした。獄寺の顔が見られなかった。頬が熱いのは、日差しを浴びすぎたせいだけではない。
なんとなく離し難くて、シャツの裾は掴んだままにしていたけど、獄寺は何も言わなかった。
「次は、花火したいね」
「先週でかいの見たじゃねえかよ」
「夏祭りのこと? 打ち上げ花火と手持ちは別だよ」
「そーかよ。どっちも火薬が燃えてるだけだろ」
「ダイナマイトと一緒にしないで」
「こっちだってあんな攻撃力の無いものと一緒にされたくねえよ」
「花火は武器じゃないし、綺麗だからいいの」
「へえ」
あしらうように言いながら、獄寺が体を動かしたらしいのが視界の端にうつって、それからの手、獄寺のシャツを掴んだままの手に、の手よりも少しあたたかいものが触れた。
まさか。どきり、またの心臓が跳ねる。視線だけおろして自分の手がある位置を見る。息を呑んだ。触れていたのは予想通り獄寺の手で、いや、それ以外に選択肢なんて殆どなかったのだけど。骨ばった獄寺の手が、の手の甲を覆うように重ねられていた。ごつごつした指輪の嵌った、細くて長い指が、シャツの裾を掴むの指に絡められていて。 意識したら更に顔が熱くなって、思わず俯いた。どうして、なんで、いきなり。どきどきと胸を打つ心臓と、波の音がの耳の中で重なっていった。もう足は乾いていた。はり付いていた砂粒を、潮風がはらはらと落としていく。
「手、冷てえ」
小さく吐き出して、獄寺はぱっと手を離した。そして何もなかったように立ち上がる。思わず目で追うと、見下ろす翡翠とぶつかった。銀髪がさらさらと獄寺の頬で揺れている、その様が綺麗だと思った。いつも深い皺が刻まれた獄寺の眉間は、珍しく緩められていた。手遅れかもなんて思ったことは訂正したほうが良いだろうか、は頭の隅でそんなことを思った。波の音が二人の間に寄せて、そして引いていった。
「そろそろ帰るぞ。今なら十代目のご帰宅に間に合う」
「えっ、綱吉のこと、待つつもりだったの!?」
「たりめーだろ! お前なんかついでだって言っただろうが! 家まで送ってやんだから感謝しやがれ」
「靴下履くからちょっと待って」
「早くしろよ」
「はいはい」
帰り支度を始めたを確認すると、獄寺は空になったペットボトルで肩をぱこぱこ叩きながら石段を上がっていく。は足に残った砂を払い落としながら、深く深く息を吐いた。
「……びっくりした」
あのまま、手を繋がれてしまうのかと思った。海を見つめながら、なんて。恋人みたいなシチュエーションで。
さっきまで獄寺の手が重ねられていた左手を見つめる。海で冷えたの手に、獄寺の体温が残っている。きっと冷たいのだろうと思っていた獄寺の手は暖かかった。その熱を逃さないように、ぎゅっとぎゅっと、握り締めた。
夏色シーサイド
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